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明日から仕事ですね

広告会社に勤めています。物をつくる仕事ではありません。事をつくる仕事をしているというと格好つけ過ぎかもしれません。テレビCMも新聞広告もイベントも決して物づくりではありません。むしろ人の欲望をつくる仕事をしているといった方が的確かもしれない。

実家は工務店でした。一般住宅の建築を専門にしていました。学生のころ、夏休みに父の手伝いをしたことが何度かあります。ある日、作業の休憩時間に施主のお婆さんがオヤツを出してくださいました。ホントに暑い最中で、冷たい麦茶と水羊羹が、とても美味しかった。

お婆さんはお世辞を言いました。ーーこんな逞ましい息子さんがいて頼もしいですねーー
日に焼けて剛強な職人たちの中にいて、ポロシャツ一枚で痩せて色白の私は、ただ気恥ずかしいばかりでした。それでも父はとても嬉しそうに笑っていました。
 
今年、父が亡くなった歳にやっと追いつきました。実家のある広島県熊野町に帰ると父の作品に出合います。先日、墓参りをすませた後に、あのお婆さんの家の前を通りました。優しかったお婆さんも、きっともう亡くなられたことでしょう。でも父の造った家は今も変わらずしっかりと建っている。赤い屋根瓦が太陽に反射したとき、何となく誇らしい気持ちになりました。

 

大学の工学部に行って、父の後を継ぐことを考えたこともあります。結局、物理が苦手で建築学科は諦めました。母からは、工務店の経営は大変だからそんなこと父は望んでいなかったと聞いています。でも自分の作品が街に残る仕事は素敵ですよね。私の設計して建てた家が、街のあちこちを彩っているとしたら…。今は、ほんの少しだけ後悔しています。