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父とアゲハ蝶 〜第104回〜

今日、10月9日は父の命日です。あれからもう34年、35回忌になります。気が付けば私も父の亡くなった歳を超えてしまった。不思議な気持ちです。

 

鹿児島県の鹿屋で生まれた薩摩隼人。若い頃は赤いマフラーを巻いてバイクに乗っていたと自慢げに話していました。セピア色の写真にバイクにまたがる若き父の姿が残っています。

 

私が小学生の頃です。「赤いマフラーをしたわしの後ろを女の子が付いてきたもんじゃ」――仮面ライダーみたいじゃね――「仮面ライダーがわしの真似をしたんよ」

 

物静かな職人肌の人でした。母に似た私と違って筋骨隆々とした頑丈な人だったのですが、それを過信してはいけません。自営業のせいか健康診断など受けたことがなかった。

 

大腸癌が見つかった時にはステージ4でした。切除術を受け、再発がないことを祈っていたのですが、しばらくして肺への転移が見つかり、あっという間に全身に広がりました。

 

病院でも「鉄人」と呼ばれて看護師に人気のあった父も、だんだん痩せ細り弱っていきました。昭和もそろそろ終わる頃、10月10日の「体育の日」に葬儀をしました。

 

普段怒ったことのない父が、一度だけ激昂したのを見たことがあります。私が小学3年生くらいの頃でしょうか。家族で夕ご飯を食べていると、レタスを頰ばった父の口から異音が‥‥。

 

「あわわぁ…」父が取り出したレタスの中に半分に噛み切られたアゲハ蝶の幼虫がいたのです。皆さん知っていますか? アゲハ蝶の幼虫がどれほど大きいか。

 

炊事場に走り、幼虫を吐き出すと鬼のような形相で母を怒り出します。それまで見たことのない荒れ狂いようでした。あまりの罵声に母は身動きできない程だったのです。

 

しばらくして、仕事から帰ってきた父の口からアゲハ蝶が次々生まれる夢を見ました。やがて父自身が蝶に変身してしまう。まるで「ミクロイドS」(手塚アニメ、知らない?)です。

 

幼い子供にはあまりに衝撃的は状況でしたから夢に出てくるのも仕方ない。カフカの『変身』も似たような体験から生まれたものかもしれませんよ。笑

 

いまだに、あんなマッチョな父が亡くなったのが不思議です。まさに「胡蝶の夢」。どこか遠くの建築現場で今も大勢の職人達と一緒に仕事をしているような気がします。

 

今日あたり、休憩のため我が家にお茶を飲みに訪ねてくるかもしれません。今日は父の写真の前に綺麗な花を飾ってあげよう。大好きだったビールと焼き茄子も添えて。