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女と認知症 〜115回〜

永井みみさんの『ミシンと金魚』をご存知でしょうか? 第45回すばる文学賞受賞作で、最近ダ・ヴィンチ編集部が2022年のプラチナ本に選んだ本です。本屋で何気に見つけて読んでみました。

 

読後にため息が出ました。「女」にしか書けないスゴイ本です。感動はなかったけど、深く沁み入りました。「女性」と上品に書くと何か違う気がする。女と言う強い生命体をひしひしと感じたのです。

 

認知症になった老婆カケイの一人称語りの物語です。文体に知的障害が反映される手法はダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』を思い出させますが、そこまで技巧的ではない。

 

戦後に生きた女の強かさや忍耐力、さらに残虐さも垣間見えるストーリー。認知症下で思い出す、腹の中で大きくなる赤ん坊の感覚、ミシンを勢いよく踏む感覚、描写は秀逸です。男との死生観の違いみたいなものさえ感じられました。

 

とは言え、そんなに重たい内容ではありません。遺産目当ての嫁との生々しいやり取りは、悲哀がありつつユーモラス。「シベリヤ」と言うカステラ風のお菓子に釣られて、薬を飲まされる様は、まるで犬と飼い主です。泣

 

――シベリヤ、くだしゃい。

チッ、まだおぼえてやがる。じゃ次っ、これ飲めっ。薬。

待て。は、いつまでたっても、解かれない。しぶしぶ、手を出す。

そこに、薬を乗せられる。薬は、けっこう、たくさん、だった。

はい。飲んで。

じっと、見る。

どした。それ飲んだら、シベリアだぞ。――

 

85歳になる私の母は、最近よく「呆けた、呆けた」と嘆いています。用があって携帯に電話した時、折り返し掛けてきて「昭文から電話があったと表示されるように見えるんよ。呆けとるよねー」いやいや、私が確かに電話したのです。一体どこが呆けているのでしょう。汗

 

彼女には百まで生きて欲しいと願っています。若くしてこんな馬鹿息子を残して夫に先立たれ、苦労続きの人生だったと思うのです。糖尿病が悪化してはいけないので、シベリヤを餌に薬を飲ませるようなマネはいたしませんので。笑